英語を話せるようになる【成長プロセス】

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英語を勉強してから話せるようになるまでの成長プロセスで感じたことを実体験を元に書いてみます。

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実際に同じくらいの英語レベルから話せるようになった人から話を聞こう

おすすめなのが話せるようになった人から話をきくことです。
わたしが各成長プロセスで感じたことを書きます。

英語を学びはじめたころ【小学生高学年】

いまではもう遅いほうですよね。
マンツーマンでアメリカ帰りの爺やと発音の練習とか、本読みとかしてました。
私の頃はもちろん小学校で英語の事業なんてものはなく、学校で話す友達もいないので、なんかただ特別な空間で時を過ごしているだけでした。
正直、小さいころに行っていた絵の教室は、お菓子とか食べ放題で行くのが楽しみで仕方がなかったのですが、英語の教室は爺やと2時間も一緒にいるだけなので嫌いでした 笑
特に話せるようになったとか、感覚はありません。
単語を覚えたということぐらいでしょうか。
特にグラマーとか、S+Vとかの構造とかも意識することはありませんでした。
爺やのつまらないお話を毎週2回程度、しかも塾の掛け持ちで眠い中、聞いてるだけでした。

受験英語に触れ始める【中学生】

急に周りが英語とかイングリッシュ!とか、騒がしくなってきました。
当の本人はあまり興味がありませんでした。
ただ受験というのを意識しないとまずいなという気持ちはありました。
そもそも中学校の時点で学年一位・二位とかの成績だったので、英語だけさぼるわけにもいきません。
構文だったりとか単語だったりとかは目の前の試験のために覚えていきます。
そして週二回は爺やに会いにいきます 笑
ここでは外国人の英語が聞き取れないとか、特に気にしたことはありませんでした。
海外旅行にも行ったことなかったです。
サッカーが大好きで、1年生からレギュラーになれて、ますます部活に打ち込んでました。
中学3年生の頃、さすがに受験追い込みになると、爺やとはお別れになりました。
レッスンはあんまり好きじゃなかったし、家から遠かったけど、あの時があったから今があるのかなとも運命のなにかを感じたりはしません 笑

覚える単語だけが増える【高校生】

普通に地元から少し離れた進学校に入学しました。
周りからはもてはやされたのですが、そもそも受験というシステムと、高校に入ると周りも普通に勉強ができる学生ばかりで、この先の人生はずっとこんなラットレースやらないといけないのかと。やってられないなとよく思いました。
この時は英語の先生が、授業中いくら寝ても、爽やかに最初から最後まで授業されていて、英語圏の文化に浸った人というのはこんなに爽やかなものなのかと感心してました。
書いていると、この先生とまたゆっくり話せる機会があれば将来あればいいのにとも思います。
それで、日本の大学に行くのはやめました。
切り替えてアメリカの大学に行くことにしました。
専攻はホテルかカジノ。
場所はラスベガスです。
行くなら極端でおもしろいところがいいと思ったので決めました。

案外ほかのアジアの学生も英語を話せないことに気づく【留学時代】

最初は語学学校に入りました。
クラス分けをされて、わたしは一番上のクラスに韓国人留学生の2人と入りました。
語学学校は楽しいのですが、あまり勉強の下地を積んできた留学生は案外少ないです。
とりあえず友達を作って楽しい生活をはじめよう!
そればかり考えてました。
でもみんなは羨ましがってくれるのですが、一番上のクラスだと同い年の友達がほとんどいません。
しかし問題ありませんでした。
ほぼ毎晩みんなで集まって食事?をします。(日本の学生もこんな感じなのかな)
すみません、このときまだ18歳です。
お酒は21歳からなので、食事です 笑
すこし話がずれました。
英語ですが、普通に話せてました。
簡単な英語です。
あとはノリですね 笑
若いのでできました。
勢いとノリで話すみたいな。
人は感情で動く生き物だと思っていたので、これで乗り切ろうと思いました。
アメリカ人の友達もすごい親切で、現地の友達をどんどん紹介してくれて、わたしは日本人と他のアジアの留学生のコミュニティの食事会と、アメリカ人のパーティを行き来するようになりました。
ただ授業のグループワークではむずかしいと思いました。
あと先生も聞き取りにくい先生もいまして、ひどいときは授業が終わったのがわかりませんでした 笑
ken帰ろう!っていわれてどうして?って聞いたときに終わったんだなと分かったのが今でも鮮明に記憶にあります。
それもこれも現地の人とはスラングが飛び交うので、わからないときも多いのですが、毎日一緒にいると覚えてくるものです。
なにより、この時点ですこし日本人の感覚からはすこし離れてました。
すこし忘れてしまったと言ったほうが良いかもしれません。
ただそうなってくると現地のジョークでもおもしろいと思うようになりますし、深夜のジョーク番組が大好きでよく見てました。
そしていつのまにか専攻はアカウンティングに変わって、ちがう州にトランスファーもして、カリフォルニアにある企業でアカウンタント職に就く予定だったのを、同じく高校時代の友達で留学してた子にボストンで大きなイベントがあるって聞いて、ホテル代出してくれるっていうので、遊びにいくつもりで行ったところで決まった会社に入り、卒業後は東京で働くことになりました

海外のプロジェクトメンバーと働き始める【フレッシュマン時代】

特に英語の壁は感じませんでした。
六本木に毎晩イギリス人やドイツ人の同僚とでかけて、ワイワイを週5くらいでやってました 笑
楽しかったです。
このときは一番最初にマンツーマンで英語を教えてくれた爺やのことは微塵も思い出しませんでした 笑
ただ英語は、そんなにまじめに伸ばそうとも思っていませんでした。
なぜならこの時にすでに同期で同じく海外の大学に行っていた何人かの子が自分より英語力があってとても真正面から勝負してもかなわないと思いました。
いままで自分が周りよりもできて、自分以上にできる子は、あまり出会わなかったか、在米歴が長いとかグリンカードホルダーとかそんな感じだったのであまりも気にもしてませんでした。
挫折というか、なんというか、ここらへんは語学のセンスとか性格のちがいとかもあったりして、まあ仕方がないなぁと。
ここで振り返るとこの時に、参考にして勉強法を聞いてみたり、じぶんで目標を決めればよかったです。
なぜなら、それから10年くらい経つ現在も英語を使って仕事をしているからです。
しかもその時からあまり進歩を感じないという。

長くなったので纏めます

・ステージ事に目標をもつこと
・積極的にファミリーだと思って外国人とコミュニケーションを図ること
・性別関係なくあまり気負いしないこと
・英語ができる人にそこまで話せるようになるにはどうしてきたか聞くこと
以上です。

このあと私は海外駐在をしたりするようになるのですがまたの機会に書きます。
英語でわたしの好きな言葉はちなみに、ハングアウトです。
you wanna hung out? ってよく言います。
ではでは。

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